2016年09月11日

お釈迦様が自殺しようとしてる人に語った言葉すごい

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橋の上で石を投げている娘がいた
釈尊(お釈迦様)は自殺をしようとしていると分かり娘に理由聞いた
娘はその人がお釈迦様だとわかり全てを話した
好きな男に捨てられてお腹にいる子どもが不憫でならないからいっそ自殺しようと思っていますと言った
お釈迦様は哀れみを感じて娘に例え話をした
荷物がいっぱいある荷物をひいている牛がいた
牛はなんで俺は毎日つらい思いをして荷車をひいているんだ
毎日毎日もう嫌だと感じで荷車を壊せばつらい思いをしなくなると重い勢いよく走って崖に打ち付けて荷車をこっぱみじんに壊した
荷車の主人はなんて狂暴な牛なんだ
また壊されてはかなわぬとこう鉄製の荷車を作った
牛は以前より何倍も重い荷車をひくことになり後悔したという
人間も同じで体は荷車のようなものだと
自殺すれば今よりもつらい現実に直面するから精一杯生きなさいと娘に諭して娘は幸せな一生を送った


こちらも合わせてお読みくださいお釈迦様の名言シリーズ
タグ:仏教 釈迦
posted by 佐々木寛太郎 at 09:23 | 北海道 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教豆知識 | 更新情報をチェックする

2015年10月25日

釈迦の毒矢のたとえ

有名なお釈迦様の毒矢のたとえ
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・釈迦の毒矢のたとえ
毒矢を撃たれ負傷する人の仲間が
「この矢はどこから飛んできたのか?どんな矢だ?羽はついていたか?誰が射ったのか?毒の成分は何か?」
このようにあれこれ考えるのも良いが、まず刺さってる矢を抜いたらどうだい?

という例え話です。

なんでこんな話をしたのかというと
釈迦は理屈っぽい弟子に
世界は永遠なのか、はたまた、いつか無くなるのか?
世界には果てがあるのか、はたまた、果てがないのか?
魂と身体は一体なのか、はたまた、別なのか?
人は死後も存在するのか、はたまた、しないのか?


しつこく答えを求められました。

釈迦は答えを説いたら説いたで悩み苦しむのも分かっていた
死後の世界があるにしろないにしろ
「今私たちがどのように生きていくかを考える上で役には立たない」と思ったはず。

だからこのような例え話をしました。

そんなことよりも
生きていく中で不安や悩み苦しみをなくしていこう
「それにはやらなきゃいけないことたくさんあるよね」って話ですね。


わからないことをわからないままにしておく
早急に答えをもとめず、まず毒矢を抜こう、やるべきことをまずやろうということだと思ってます。


お墓も
死後の世界なんてあるのか?子供たちはお墓を見てくれないのでは?いずれ無縁墓になるのでは?孫は地元に帰ってこないのでは?

とわからないものを考えて何もしないよりも
まず亡くなった方に対して尊敬の念を持ってお墓を建て納骨して供養しましょう
やるべきことをしましょうって話になりませんか?


死んだ後のことはわからないけど、やるべきこと(供養や建墓)を自然に行う人は幸せも多いはず。
死んだ後のことを考えに考えて迷走し、墓を建てるどころか、先祖のお墓も壊して、散骨、合葬する人は幸せも少ないかもしれません。
なぜなら手を合わせる対象がない子供たちは成長段階で先祖を敬う人間性、道徳観が失われる可能性も高いからです。

お墓参りは教育
答えに答えないで子供たちにやるべきことを見せて教える最高の教育です。

お墓のことならなんでもご相談下さい。
佐々木寛太郎
posted by 佐々木寛太郎 at 15:05 | 北海道 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教豆知識 | 更新情報をチェックする

2013年10月09日

日本語は仏教用語だらけ

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日本語って実は仏教用語だらけなんですね。
普段何気なく使ってますけど・・・
仏教ということは古代のインドですね。本当に昔の人は物事の本質を捉えてる。

こういうことはできれば、おじいちゃん、おばあちゃんから教えてもらったほうが頭に残るんですよね。
でも最近ではおじいちゃんおばあちゃんも知らないのでしょうね。

僕もネットで見て知ったわけですし(笑)
でも自分の子供には時期が来たらちょこちょこ披露していきます。
面白仏教用語辞典買いました。

挨拶
もともとは禅で用いられた言葉。
修行僧に師匠が行う素質を見抜く為のテストのことでした。

根性
「根」は気力のもと 「性」は善悪の習慣のこと

馬鹿
梵語のmoha(慕何) 無知が転じたもの。漢字は当て字である。

自由
それ自体独立したものという意味でさとりの境地を意味する言葉です。

迷惑
仏教用語としては、心に迷いを生じること、道理に悩むことを言います。

妄想
仏教用語としては「もうぞう」と読みます。
意味は勝手な空想を思い浮かべること、真実ではない見解などです。

退屈
ひま、飽きあきすることという意味で使いますが、仏教用語としては、求道心が退き屈する。つまり仏道修行にくじけること嫌気がさすことです。

我慢
我慢(がまん)とは、仏教の煩悩の一つ。強い自己意識から起こす慢心のこと。

愚痴
癡(ち、痴)は、仏教が教える煩悩のひとつ。
別名を愚癡(ぐち、愚痴)、我癡、また無明ともいう。 万の事物の理にくらき心をさす。

安心
仏教では「あんじん」と読む 仏の教えから心の平安を得ること

金輪際
この世界は三輪に支えられており、下から風輪・水輪・金輪の三輪で、つまり金輪の上に大地が位置しています。この大地と金輪の接するところが「金輪際」

油断
意味は涅槃経の説話もありますが、仏教徒として用いたいのは灯火の油を断たず、常に灯火をささげる功徳の重要性を表すと言う意味です。

覚悟
迷いから目覚めて悟ること

旦那
旦那は、サンスクリット語「ダーナ」の音写で元仏教語。「ダーナ」は「与える」「贈る」の 意味で、「檀那」とも書きます

玄関
寺院の表向き、公な人が入る門

有頂天
最も高い「天」の名前 得意の絶頂にある様子

決定
「けつじょう」と読む 仏教を信じて動じないこと

因縁
直接の原因が「因」、そこから結果に至る間接の原因が「縁」

他力本願
仏教用語で、阿弥陀仏が衆生を救済する本願のはたらき。浄土教・阿弥陀信仰の根本となる教義である。

不可思議
不可思議ともいいますが、思議すべからざる、つまり考えられないという意味です。また怪しいこと、奇怪なことという意味もあります。


梵語でsunya すべてのものは縁起により成立しているが、本質や実体がないということ

言語道断
仏教の悟りの境涯を表す。仏教の悟りは、言葉や心のはたらきを越え、個人の体験から直観されるもので、言語の道が断たれた世界である。

工夫
功夫とも書きます。本来は中国の禅で多く用いられた語です。意味は考えること、努力すること、精進することです。

出世
如来(諸仏)がこの世に現れること 仏門に入ること

世間
仏教用語の衆生世間からきた言葉で、江戸時代から広く一般に広まりました。
衆生世間は人間の住む世界であることから、世の中という意味で使われるようになりました。

畜生
地獄、餓鬼とともに三悪道のひとつ。(畜生)

醍醐味
牛乳の五味のうち最上のもの 最上の食べ物

意地
意識・認識の働きの根源という意味から根源を大地と置き換え「意地」

その他
行脚、縁起、往生、おシャカ、戒、果報、甘露、下界、三昧、娑婆、食堂、精進、ずぼら、智恵、長老、点心、奈落、変化、冥利、無我、利益、悪魔、暗証、一蓮托生、おっくう、開発、快楽、四苦八苦、邪魔、殺生、刹那、大丈夫、達者、超、道楽、ナイショ、悲願、ホラを吹く、微塵、流通、愛嬌、意識、機嫌、暖簾、砂糖、提唱、隠密、阿吽、四天王、などなど。
タグ:仏教
posted by 佐々木寛太郎 at 11:49 | 北海道 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教豆知識 | 更新情報をチェックする
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